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親友に式も婚約者も奪われた私の逆襲
10年前、相良茉莉(さがaら まり)は安っぽいチュールのワンピースを着て、路地裏でチンピラたちとつるんでいた。 誰もが、あの子には近づくなと言った。 それでも私・は家族全員の冷たい視線に耐え、たばこの火を押しつけられた痕だらけの彼女の手を取った。 英単語を教え、一流ブランドの服の着こなしを教え、ワイングラスを優雅に持つ方法まで教えた。 自分の交友関係にも迎え入れ、財界の御曹司、九条朔間(くじょう さくま)とのデートにさえ、わざわざ彼女の席を用意した。 初めは茉莉を見下していた人たちも、やがて、逆境の中で気丈に咲く棘のあるバラのようだと褒めるようになった。 ところが結婚式の前夜、兄のパソコンを借りてファイルをコピーしていた私は、偶然、自分だけが入っていない家族のグループチャットを開いてしまった。 グループ名は【茉莉を守る会】 母がこう書き込んでいた。 【茉莉は妊娠してるのよ。明日の式、本当に挙げるつもり?】 兄の神谷聡介(かみや そうすけ)が返信していた。 【式を挙げたら、もう後戻りできないぞ。本当に茉莉を犠牲にするのか?】 私だけを愛すると誓ったはずの婚約者も、すぐに返信した。 【実は今日の午後、茉莉と婚姻届を出してきた。明日の式は、澪への償いだと思ってる。結婚式は澪のために挙げる。でも、戸籍上の妻になるのも、俺が愛しているのも茉莉だ】 画面に並ぶ言葉を見つめながら、全身から熱が失われていった。 いつの間にか、彼らは固い絆で結ばれた家族になっていた。 部外者だったのは、私――神谷澪(かみや みお)だけだった。
チャプター (1)
第1章
10年前、相良茉莉(さがaら まり)は安っぽいチュールのワンピースを着て、路地裏でチンピラたちとつるんでいた。
誰もが、あの子には近づくなと言った。
それでも私・は家族全員の冷たい視線に耐え、たばこの火を押しつけられた痕だらけの彼女の手を取った。
英単語を教え、一流ブランドの服の着こなしを教え、ワイングラスを優雅に持つ方法まで教えた。
自分の交友関係にも迎え入れ、財界の御曹司、九条朔間(くじょう さくま)とのデートにさえ、わざわざ彼女の席を用意した。
初めは茉莉を見下していた人たちも、やがて、逆境の中で気丈に咲く棘のあるバラのようだと褒めるようになった。
ところが結婚式の前夜、兄のパソコンを借りてファイルをコピーしていた私は、偶然、自分だけが入っていない家族のグループチャットを開いてしまった。
グループ名は【茉莉を守る会】
母がこう書き込んでいた。
【茉莉は妊娠してるのよ。明日の式、本当に挙げるつもり?】
兄の神谷聡介(かみや そうすけ)が返信していた。
【式を挙げたら、もう後戻りできないぞ。本当に茉莉を犠牲にするのか?】
私だけを愛すると誓ったはずの婚約者も、すぐに返信した。
【実は今日の午後、茉莉と婚姻届を出してきた。明日の式は、澪への償いだと思ってる。結婚式は澪のために挙げる。でも、戸籍上の妻になるのも、俺が愛しているのも茉莉だ】
画面に並ぶ言葉を見つめながら、全身から熱が失われていった。
いつの間にか、彼らは固い絆で結ばれた家族になっていた。
部外者だったのは、私――神谷澪(かみや みお)だけだった。
第1話
「澪、オープニングムービーのファイルをコピーするだけで、まだかかるのか?」
書斎の外から、兄の穏やかな声がした。
私は画面に残る残酷なやり取りを凝視していた。指先は冷え切って痺れ、息をするたびに体の内側を引き裂かれるような痛みが走った。
カーソルは「茉莉を守る会」というグループ名の上で止まっていた。
自分の歯がかすかにかち合う音まで聞こえた。
「もう終わる」
どうにか平静を装って答え、USBメモリを抜くと、パソコンに残った閲覧履歴を消した。
書斎を出ると、リビングは暖かな色の照明に包まれていた。
朔間はソファに座り、銀色のナイフで丁寧にりんごの皮をむいていた。
茉莉は母の肩にもたれ、温かいミルクの入ったカップを両手で包みながら、目を潤ませて笑っていた。
聡介は切ったばかりのさくらんぼを皿に盛ってキッチンから出てくると、茉莉の前に置いた。
「澪、こっちに来いよ。見ろよ、朔間さんがこんなにきれいにむいてくれたんだ。皮が一度も切れてない」
茉莉は顔を上げて私を見た。その目に一瞬だけ動揺が走ったが、すぐにいつもの無垢な表情を取り繕った。
落ち着かない様子で立ち上がり、朔間の手からりんごを受け取ろうとした。
「朔間さん、自分でやりますよ。澪さんも見てますから……」
朔間は優しくその手をかわし、皮をむいたりんごを一口大に切った。芯を取り除き、ピックを刺して茉莉に渡した。
「最近、食欲がないんだろ。少しでもフルーツを食べたほうがいい。澪も気にしないよな?」
彼が私を見上げた。7年もの間、愛し続けてきたその目には、後ろめたさなど微塵もない優しさが浮かんでいた。
私はその場から動かず、ローテーブルに置かれた挙式の進行表に目をやった。
「食欲がないって、どこか悪いの?」
広いリビングに響いた自分の声は、わずかに掠れていた。
茉莉の手が大きく震え、りんごが一切れ、カーペットに落ちた。
母はすぐにティッシュで拭く、いたわるように茉莉の手の甲を軽く叩いた。
「大したことじゃないわ。あなたたちの式の準備で忙しくしてたから、疲れが出ただけよ」
聡介は眉を寄せ、どこか咎めるような目を私に向けた。
「茉莉はもともと体が弱いんだ。明日はやることが多いし、ブライズメイドも務める。今日はゆっくり休ませてやれよ」
黙って彼らを見ていると、あまりにも滑稽で笑いたくなった。
妊娠しているブライズメイド。
そのブライズメイドと、すでに婚姻届を出した花婿。
そして他人と結託し、実の娘を欺く母と兄。
第2話
「そんなに疲れてるなら、明日のブライズメイドはなしにしよう」
ソファの前まで歩き、USBメモリをローテーブルに放ると、乾いた音がした。
茉莉の顔からさっと血の気が引き、前触れもなく大粒の涙がこぼれ落ちた。
「澪さん、私に怒ってるんですか?私が要領悪くて、何の役にも立てないのは分かってます。でも、澪さんの花嫁姿を、この目で見届けたいんです」
一歩近づき、私の袖をつかもうとする。
私は反射的に身を引き、その手を避けた。
一瞬、空気が凍りついた。
朔間の優しい表情が強張った。立ち上がって茉莉を背後にかばい、私の肩にそっと手を置いた。
「澪、明日は俺たちの晴れの日だ。こんなことで意地を張るなよ。茉莉はお前の式のために、何日もろくに寝ずに準備してきた。ただ、そばで見届けたいだけだ」
かつては、その大きく温かな手に触れられるだけで、何より心が安らいだ。
今は服越しに触れられているだけなのに、毒蛇が肌を這っているように感じた。
「私が、意地を張ってるって?」
朔間をまっすぐ見つめ、その目に少しでも罪悪感がないか探した。
けれど、何もなかった。彼はまるで、聞き分けのない子どもでも見るように私を見ていた。
聡介が近づき、茉莉をソファに座らせると、険しい顔を私に向けた。
「澪、さっきから何が言いたいんだ?茉莉は足が棒になるまで、お前のドレス選びに付き合ったんだぞ。それを一言でなしにするなんて、茉莉を何だと思ってる?」
実の兄が茉莉の涙を見ただけで私を睨みつけている。胃が激しく縮むように痛んだ。
何だと思っているのか。
親友だと思っていた。家族同然だと思っていた。
では、彼女にとって私は何だったのだろう。いつでも取って代われる、滑稽な存在だったのか。
「分かった。じゃあ、予定どおりでいい」
胃の痛みをこらえ、冷え切った笑みを浮かべた。
玄関へ向かい、コートハンガーに掛けてあったコートを手に取った。
母が立ち上がり、苛立ちを滲ませた声で言った。
「こんな時間に、今度はどこへ行くの?明日は朝5時から支度なのよ。これ以上、余計な手間をかけさせないで」
ドアノブを握ったまま、振り返らずに答えた。
「明日使うベールを取りに行ってくる。みんなは先に休んで」
「澪、俺も行く。外は雨だ」
背後から朔間の優しい声がした。彼は車のキーを手に取り、大股で近づいてきた。
腕に私のコートを掛けて近づいてくる姿は、どこから見ても気遣いに満ちた婚約者そのものだった。
あのグループチャットを見ていなければ、私は今も、彼が作り上げた幻の中に溺れていたかもしれない。
「いい。茉莉のそばにいてあげて。食欲がないんでしょう?」
ドアを開けると、冷たい風と細かな雨が顔に吹きつけ、混乱していた頭が少しだけ冴えた。
朔間は動きを止め、複雑な表情を浮かべた。
ため息をつき、風に乱れた私の髪を直そうと手を伸ばす。
「澪、今日のお前は本当におかしい。前は誰より茉莉を気にかけてただろ?」
顔をそらすと、彼の手は宙で止まった。
「人は変わるものよ、朔間」
それ以上は相手にせず、エレベーターに乗って地下駐車場のボタンを押した。
車内は冷え切っていた。私は両手でハンドルを強く握り、指の関節が白くなるほど力を込めた。
頭の中では、あの一文が何度も繰り返されていた。
【実は今日の午後、茉莉と婚姻届を出してきた】
スマホを取り出し、ブライダルサロンの担当者に電話をかけた。
長い呼び出し音のあと、疲れの滲んだ声が応じた。
「神谷様、夜分にどうなさいましたか?」
「予備のウエディングドレスを、今日の午後、誰が持ち出したのか教えてください」
電話の向こうが数秒沈黙した。記録を確認しているらしい。
「九条様です。ブライズメイドの相良様もご一緒でした。相良様が予備のドレスを試着してみたいとおっしゃり、九条様がお持ち帰りになりました」
目を閉じ、短く乾いた笑いを漏らした。
第3話
試着してみたかった?
私の予備のドレスを着て、朔間と婚姻届を出しに行くためだったのだろう。
「分かりました。ありがとうございます」
電話を切り、川沿いの空き地に車を停めた。冷たい雨がフロントガラスを打ち続けた。
かつて、いかにも柄が悪く、口を開けば下品な言葉ばかりだった茉莉を、少しずつまともな生活に戻していったのは私だった。
チンピラに絡まれたときは、彼女の前に立ってかばった。
ナイフとフォークの使い方を知らず、周囲から笑われたときは、手を添えて何度も教えた。
今や彼女は上品に振る舞うことも、無垢を装うことも、私の人生を奪うことも覚えていた。
突然スマホの画面が光り、茉莉からのLINEが表示された。
【澪さん、朔間さんを取られたって怒ってるんですか?ごめんなさい。明日はおとなしくしています。絶対に澪さんを怒らせません】
画面越しでも、健気な被害者を演じる彼女の顔が目に浮かんだ。
返信せず、スマホを助手席に放った。
翌朝早くから、新婦の控室は慌ただしい空気に包まれていた。
ヘアメイクのスタッフたちに囲まれ、念入りに支度を整えられていた。
茉莉は淡い金色のドレスをまとい、部屋の隅に静かに座っていた。
顔色は確かに悪く、ときおり口元を押さえては眉を寄せていた。
母はホットミルクの入ったカップを手に部屋へ入ってくると、私の前を通り過ぎ、まっすぐ茉莉のもとへ向かった。
「茉莉、温かいうちに少し飲みなさい。今日は一日中付き添うのよ。体は大丈夫なの?」
茉莉は恐縮した様子でカップを受け取り、また目を潤ませた。
「ありがとうございます。私は大丈夫です。澪さんが幸せな花嫁になれるなら、少しくらい無理をしても平気です」
ヘアメイクの女性が笑顔で応じた。
「神谷様はお幸せですね。こんなに優しい親友がいて、婚約者様にも大切にされて」
鏡に映る、華やかに着飾った自分を見つめた。まるでひどく滑稽な道化師だった。
聡介がドアを開け、ベルベットのジュエリーボックスを手にして入ってきた。
私の背後で箱を開くと、中には眩いダイヤモンドのネックレスが収められていた。
「朔間さんが、お前のドレスに合わせてフランスから取り寄せたそうだ」
聡介はネックレスを取り出したが、私には渡さず、そのまま茉莉のもとへ歩いていった。
「茉莉、首元が寂しいな。今日はこれを借りておけよ。澪の物なんだから、澪も気にしない」
ヘアメイクの手がぴたりと止まり、部屋が静まり返った。
茉莉は慌てて両手を振り、怯えたように身を引いた。
「だめです。これは朔間さんから澪さんへのプレゼントでしょう?私が着けるわけにはいきません」
聡介は聞く耳を持たず、茉莉の首にネックレスを着けた。
「澪はほかにもいくらでも持ってる。一つくらい構わないさ。今日はブライズメイドなんだ。みすぼらしい格好で澪に恥をかかせるわけにもいかないだろ」
私は鏡越しにその光景を見つめ、何も言わなかった。
あのネックレスは、九条家で代々、跡取りの妻に受け継がれてきたものだった。
朔間はそれを聡介に預け、こんな形で堂々と茉莉に着けさせたのだ。
「澪、別にいいよな?」
聡介は牽制するような目を私に向けた。
私は口元に笑みを浮かべ、ゆっくりと振り返った。
「ネックレスの一つくらい、好きにすればいい。借りられるのは今日だけの物もあるけどね」
茉莉はドレスの裾を強く握りしめ、顔を真っ白にした。
廊下から司式者の声がした。
「花嫁様、ご準備はよろしいでしょうか。まもなく挙式が始まります」
チャペルの扉がゆっくりと開き、まばゆい照明が一斉に私を照らした。
バージンロードの先には、上質な白いタキシードをまとった朔間が立っていた。すらりとした姿は、まるで童話の王子のようだった。
両脇に並ぶ参列者たちから羨望の眼差しと賛辞が注がれた。
父の腕を取り、本来なら生涯を共にするはずだった男のもとへ、一歩ずつ進んだ。
けれど朔間の視線は何度も私を通り越し、後ろに続く茉莉に向けられていた。
第4話
その目に隠されていたのは、以前なら私だけに注がれていた気遣いと深い愛情だった。
父が私の手を朔間に託したとき、彼の手のひらは冷たい汗で濡れていた。
「澪、今日は本当にきれいだ」
優しく見つめながら、小声で囁いた。
その完璧な笑顔を見ても、心は少しも動かなかった。ただ司式者の進行に合わせ、機械的に振る舞った。
「九条朔間様。あなたは神谷澪様を妻とし、健やかなときも病めるときも、豊かなときも苦しいときも、愛し、支え、尊重し、生涯誠実であることを誓いますか?」
司式者のよく通る声がチャペルに響いた。
朔間が口を開き、答えようとした、そのときだった。
「うっ……」
背後から、吐き気を必死にこらえるような、低いうめき声が聞こえた。
茉莉は口を押さえ、青ざめた顔でよろめくように後ずさると、膝から力が抜け、その場に座り込んだ。
「茉莉!」
朔間の穏やかな表情が一瞬で消えた。
私の手を乱暴に振りほどき、一瞬もためらわず壇上を駆け下りると、茉莉を抱き起こした。
「茉莉、どうした?どこか苦しいのか?」
声には隠しようのない動揺が滲み、慌てた手つきで額の汗を拭っていた。
チャペルは水を打ったように静まり返った。
参列者の視線が私と二人の間を行き来し、やがてひそひそと話す声が広がっていった。
母と聡介もすぐに駆け寄り、茉莉を取り囲んだ。
「早く、救急車を呼んで!茉莉は……」
母は取り乱し、危うく妊娠のことを口にしかけた。
聡介は朔間の襟元をつかみ、怒鳴った。
「何をぼんやりしてるんだ!早く控室へ運べ!」
我に返った朔間は茉莉を抱き上げ、大股でチャペルを出ていった。
高価なドレスの裾が、バージンロードの上を無造作に引きずられていった。
壇上の司式者は気まずそうにマイクを握ったまま、困惑した顔で私を見ていた。
重いウエディングドレスをまとった私は、一人きりで照明の下に取り残され、この場で最も滑稽な存在になった。
父は怒りで顔を強張らせたが、私はその腕を引き止めた。
「お父さん、私が見てくる」
ドレスの裾を持ち上げ、静かに壇上を下りると、控室へ向かった。
涙も、取り乱す声も出なかった。
心が死ぬとは、きっとこういうことなのだろう。
控室の扉を開けると、中は騒然としていた。
茉莉はソファにもたれ、弱々しく息をしながら、目尻に涙を浮かべていた。
朔間はその前に片膝をつき、茉莉の手を強く握り、何度も落ち着かせようとしていた。
「大丈夫だ。すぐ医師が来る。俺たちの……いや、お前の体のためにも、ゆっくり息をして」
聡介はそばに立ち、ぬるめの水を差し出していた。
私が入ってきたことに気づくと、三人の動きが同時に止まった。
朔間は弾かれたように茉莉の手を放し、立ち上がって気まずそうにタキシードを整えた。
「澪、すまない。茉莉が急に胃が痛いと言い出したから、つい慌てて……」
彼らの前まで歩き、一人ずつ顔を見渡した。
「胃が痛い?」
小さく笑うと、その声が静まり返った控室に冷たく響いた。
「胃の不調じゃなくて、つわりでしょう?」
その一言で、そこにいた全員の顔から一斉に血の気が引いた。
茉莉は勢いよく顔を上げ、怯えた目で私を見つめた。唇が激しく震えていた。
母が一歩近づき、私の手を取ろうとした。
「澪、何を言ってるの。茉莉には恋人だっていないのよ。妊娠なんてするはずが……」
その手を振り払い、朔間をまっすぐ見据えた。
「朔間、ここまで来ても、まだ芝居を続けるつもり?」