偽りの10年、そして真実の愛

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偽りの10年、そして真実の愛

GoodNovel 完結

結婚式の当日、司会者は尋ねた。「あなたは目の前の男性と、残りの人生を共に歩むことを誓いますか?」 愛し合って10年になる白石雪乃(しらいし ゆきの)は一瞬ためらいを見せたが、やがてスマホをきつく握りしめると、首を横に振って言った。「いいえ、誓えません」 彼女は手首を切った俺の弟、桐谷栄太(きりたに えいた)を引っ張って外へ走り出し、ウェディングドレスを脱ぎ捨てて結婚式から逃げ出した。 最初から最後まで、彼女は俺、桐谷陽斗(きりたに はると)の体面など全く気に留めず、一瞥すらくれなかった。 事後、雪乃は悪びれもせずにこう言い放った。 「結婚式のことはもう一度準備して。あの日は突然の出来事だったし、命に関わることだから放っておけなかったの。ましてや相手は、あなたの弟なのよ」 しかし、俺はもう二度と準備などしたくなかった。 あの日の後、俺が別の人と婚姻届を出したことを、彼女はまだ知らない。

チャプター (1)

第1章

結婚式の当日、司会者は尋ねた。「あなたは目の前の男性と、残りの人生を共に歩むことを誓いますか?」 愛し合って10年になる白石雪乃(しらいし ゆきの)は一瞬ためらいを見せたが、やがてスマホをきつく握りしめると、首を横に振って言った。「いいえ、誓えません」 彼女は手首を切った俺の弟、桐谷栄太(きりたに えいた)を引っ張って外へ走り出し、ウェディングドレスを脱ぎ捨てて結婚式から逃げ出した。 最初から最後まで、彼女は俺、桐谷陽斗(きりたに はると)の体面など全く気に留めず、一瞥すらくれなかった。 事後、雪乃は悪びれもせずにこう言い放った。 「結婚式のことはもう一度準備して。あの日は突然の出来事だったし、命に関わることだから放っておけなかったの。ましてや相手は、あなたの弟なのよ」 しかし、俺はもう二度と準備などしたくなかった。 あの日の後、俺が別の人と婚姻届を出したことを、彼女はまだ知らない。 第1話 栄太が手首から血を滴らせながら俺の結婚式場に入ってきた時、雪乃の瞳には涙が溢れていた。 本来なら俺の指にはめられるはずだったペアリングは、彼女の手から滑り落ち、床に転がった。 雪乃は体を強張らせ、異母弟である栄太を緊張した面持ちで見つめていた。 参列者たちがざわめき始め、多くの人が同情の眼差しで俺を見ていた。 「桐谷家の兄弟仲が悪いって噂、本当だったのね」 「兄の結婚式に、弟が血まみれの手で現れるなんて、縁起が悪いわ」 「全くその通りよ。きっとわざと兄の結婚式を台無しにしようとしているのね」 「なんて酷いのかしら。でも見て、どうして花嫁まで泣いているの?」 「それより、式が始まっているのにスマホを持ち歩いている花嫁なんて聞いたことない」 「それに、さっき電話に出てから顔色が悪かったし、今は義弟に視線が釘付けじゃないの。あの二人の間に何もないなんて、絶対に信じられないわ」 参列している人たちがヒソヒソと噂する声は、俺の耳にもはっきりと届いていた。 司会者もこんな修羅場は見たことがなく、困り果てた顔で俺を見た。 俺は頷き、続けるように合図した。 司会者は気を取り直し、マイクを握って厳粛に尋ねた。 「あなたは目の前の男性と、残りの人生を共に歩むことを誓いますか?」 雪乃の涙はさらに激しくこぼれ落ち、俺には一瞥もくれなかった。ただ緊張した面持ちで栄太を見つめた。 彼が再びナイフを手に取り、自らを切りつけようとするのを見て、雪乃は慌てて口を開いた。 「いいえ、誓えません」 掠れた泣き声が鼓膜に響いた瞬間、まるで大きな手で心臓を強く握りつぶされたかのような感覚に陥った。 息ができないほど痛かった。 俺は雪乃を見つめ、心はどん底まで沈み込んだ。 広々とした山あいの式場に吹き抜ける風は格別に冷たく、まるで俺たちの10年の絆を吹き飛ばしてしまったかのようだった。 俺は、彼女がドレスの裾を持ち上げ、血相を変えて栄太の元へ駆け寄るのをただ見ていることしかできなかった。 「雪乃……」 俺は彼女の名前を呼んだ。心の奥底にまだ未練があったのだろう、彼女が振り返るのを期待していた。 爪が肉に食い込むほど拳を握りしめたが、彼女は一度も振り返らなかった。 彼女は大股で歩み寄り、血を流す栄太の手首を緊張した様子で押さえ、涙で顔をくしゃくしゃにして泣いた。 「バカ、このバカ。どれだけ痛かったのよ」 彼女の声には、胸を引き裂かれるような心配ともどかしさ、そして嗚咽が混じっていた。 栄太は手を伸ばして彼女の涙を拭い、愛おしさと苦痛が入り混じった声で言った。 「でも雪乃、君がいない方がもっと痛いんだ。生き地獄のようにね。雪乃、僕の義姉になるの?君ももう僕のことが好きじゃないんでしょう?それなら、いっそ死んだ方がマシだ」 栄太は目を真っ赤に腫らし、泣き始めた。 いい大人の男がみっともなく泣き喚く姿は、一発ぶん殴ってやりたくなるほど胸糞が悪かった。 先ほどまで騒がしかった結婚式場は、雪乃の「いいえ、誓えません」という言葉の後に、不気味なほど静まり返っていた。 誰もが二人のまるで悲恋の恋人同士のような茶番劇を黙って見つめていた。 俺はもう我慢できず、歩み寄って栄太を力任せに殴り飛ばした。 「だったらさっさと死ねよ!」 「陽斗、最低!彼はあなたの弟なのよ!」 雪乃は悲鳴を上げて俺を突き飛ばし、慌ててしゃがみ込んで栄太を助け起こした。 彼女は痛ましそうに栄太の口元の血を拭いながら、俺を非難し続けた。 第2話 「あなたって血も涙もないの?弟をこんなに力任せに殴るなんて」 俺は彼女の言葉に、怒りを通り越して鼻で笑ってしまった。 10年もの間愛し続けてきた目の前の女を冷ややかに見据え、はっきりと告げた。 「雪乃、これ以上そいつを庇うつもりなら、そいつと一緒にここから出て行け」 俺の記憶の限り、雪乃に対してこれほど激しい怒りをぶちまけたのは初めてのことだった。 雪乃は信じられないといった顔で俺を見つめ、俺たちの間に立ち尽くしたまま、しばらく言葉を失っていた。 栄太は血の滲む口元を押さえて苦渋に満ちた笑みを浮かべると、雪乃をじっと見つめた。 「雪乃、気にしないで。僕はただ、君のウェディングドレス姿を一目見たかっただけなんだ。すごく綺麗だよ。この姿を、ずっと心に焼き付けておくから」 彼が背を向けて立ち去ろうとしたその時、雪乃がその腕をきつく掴んだ。 「私も、一緒に行くわ」 遠ざかる二人の背中を見つめながら、俺は拳を強く握りしめ、口の端に自嘲の笑みを浮かべた。 周囲の参列者たちは皆、同情の眼差しで俺を見ていた。よりにもよって結婚式当日に、俺はいい笑い者になった。 胸の奥が無数の針で刺されるような痛みに蝕まれ、耳元で鳴り響く華やかな結婚行進曲は、その痛みを倍増させる呪詛のようにしか聞こえなかった。 祝福のための幸福なメロディーが、今の俺には五臓六腑を粉々に打ち砕く凶器にしか感じられなかった。 頭の中を駆け巡るのは、去り際に何度も振り返った栄太の瞳の奥底に潜む、あの嘲笑と優越感ばかりだ。 あいつは、また勝った。 婚外子の分際で父の愛情を奪い取り、今度は俺の婚約者までも奪い去っていった。俺はすべてを失い、完全に敗北した。 「ああ、本当に可哀想に。結婚式当日に自分の弟に花嫁を奪われるなんてね」 「ほら、行きましょう。もう見ちゃダメよ、今日の式はもうお開きね」 参列者たちはそそくさと会場を後にしていった。 俺は胸をきつく押さえ、身を引き裂かれるような痛みに耐えていた。 俺は怒りに任せて結婚式場をめちゃくちゃに破壊した。半月かけて丹念に準備した会場は、見るも無残な有様へと変わり果てた。 敷き詰められた生花は無残に踏み躙られ、あの高価なダイヤの指輪さえも、俺の足で泥土の奥深くへと踏みつけられた。 雪乃が山あいでの結婚式に憧れていたからこそ、わざわざ友人に頼み込んでこの会場をデザインしてもらったというのに。 すべて俺自身が手塩にかけて飾り付けたものだ。それが今や、盛大な笑い話となって俺の頬を容赦なく張り飛ばしている。 俺は獣のように吼え、この手で飾り付けた美しい会場を手当たり次第にぶち壊して、胸の中で渦巻く怒りをぶちまけた。 10年だぞ。人の一生に、10年という歳月が何度あるというのか。 かつては目を細めて笑い、迷うことなく俺の胸に飛び込んできて、一生一緒にいると誓ってくれた女が結局のところ、別の男を選んだ。 俺には「誓いません」という冷酷な一言を叩きつけた。 その一方で、俺が最も憎む男には「一緒に行くわ」という優しい言葉を与えた。 俺は泥酔したまま谷間の芝生に大の字に寝転がり、意識が朦朧とするまで酒をあおり続けた。 ぼんやりとした視界の中、周囲に突然柔らかなピアノの旋律が響き渡り、遠くからウェディングドレスを身に纏った人影が近づいてくるのが見えた。 俺は目をこすり、幻覚でも見ているのかと呆けた。 その女性は笑みを浮かべており、俺の記憶の中にある少女の姿と重なるほど美しかった。 彼女は気品に満ちた優雅な所作で、俺が自暴自棄になって泥に踏みつけたダイヤの指輪を拾い上げると、真っ直ぐに歩み寄ってきた。 「誓います、陽斗。私があなたと、残りの人生を共に歩むことを誓うわ。婚姻届を出しに行きましょう」 俺はもう堪えきれず、目を真っ赤に腫らした。どれほど唇を噛み締めても、胸の奥で渦巻く狂おしい痛みを抑えきれなかった。 その瞬間、彼女はそっとしゃがみ込み、惨めで泥まみれになった俺を力強く抱きしめてくれた。 痛ましさと慈しみに満ちたその美しい瞳で見つめながら、彼女はそっと唇を寄せ、俺の頬を伝う涙を口づけで拭ってくれた。 彼女はまるで一筋の光のように、暗闇の底へと沈んでいた俺の心を照らし出してくれた。 …… 父から電話があり、話があるから今すぐ実家へ戻ってこいと言われた。 話の用件はおおよそ察しがついた。俺は気持ちを整理し、この世で一番帰りたくないあの家へと足を踏み入れた。 玄関をくぐると、リビングには雪乃の姿もあった。 俺の結婚式から逃げ出したはずの花嫁は、恥じらうような笑みを浮かべ、栄太の腕の中にすっぽりと収まっていた。 母は、甲斐甲斐しく二人のために果物を剥いている。 父は参列者一人一人に電話をかけてペコペコと謝罪している真っ最中だった。 「本当にすみません。本日の結婚式は中止となりました。せっかくお越しいただいたのにとんだお粗末で……日を改めて、あの馬鹿息子を直接お宅へ伺わせて謝罪させますので」 いかにも一家団欒といったその光景を前にして、俺は全身の血が凍りつくような寒気を感じていた。 彼らが一番詫びるべき相手は、他でもないこの俺のはずじゃないのか? 結婚式の儀式が始まるまさにその時、栄太は電話一本で両親を式場から呼び出していた。 俺はすがるような思いで二人を見つめ、せめて式が終わるまで待ってくれないかと懇願した。 第3話 式が終わるまでのほんの30分にも満たない時間だったというのに。 だが、母は俺をきつく睨みつけ、不満げに吐き捨てた。 「あなたって子は、いい大人なんだから、もう少し分別をわきまえられないの?栄太は元々思い詰めやすい性格なんだから、もし何かあったらどうするつもり?」 父も頷き、厳しくこう言った。 「たかが結婚式だろう。俺たちがいようがいまいが何も変わらない。俺たちは先に栄太の様子を見に行ってくる。式が終わったらお前もすぐに来い。栄太は今、精神的に不安定なんだ。兄として少しは譲ってやれ」 彼らは俺の人生で最も重要な日に、俺を置き去りにしたうえに、弟に譲ってやれと言い放った。 招待客の前でキレて、皆に恥をかかせるような真似はしたくなかった。 だから、俺は堪え忍んだ。 しかし栄太のやつは図に乗っていた。父たちを呼び出したにもかかわらず、執拗に雪乃に電話をかけ続けた。 挙句の果てには式場に乗り込んで花嫁を奪っていったというのに、誰一人としてあいつを責めようとはしなかった。 なんて滑稽なんだろうか。心の奥底から果てしない苦痛と悲哀が込み上げてきたかと思うと、不思議とすっと憑き物が落ちたような感覚に陥った。 もういい。これで終わりにしよう。 こんな連中、もう必要ない。 「何をぼさっと突っ立っているんだ。さっさと入ってきて、親戚や友人たちに自分で電話して謝れ。いい歳して、まだ親に尻拭いをさせるつもりか」 父は苛立ったように俺を睨みつけ、参列者の名簿と電話番号のリストを投げつけてきた。 母も立ち上がり、俺を責め立てた。 「今日はどうして栄太に手を上げたりしたの。あの子の事情を知らないわけじゃないでしょうに、どうして少しは我慢してあげられないの?ほら見て、こんなに酷く殴って。口の端から血が出ているじゃないの」 雪乃は身動き一つせず、俺を見ようともしなかった。 ただ栄太だけが、これ見よがしに勝ち誇った顔で俺を見つめ、雪乃の髪をいじっていた。 この一家の姿を目の当たりにして、俺の心は芯まで冷え切った。 この瞬間、俺ははっきりと目が覚めた。 俺と雪乃が無事に結婚できなかった本当の障害は、栄太なんかじゃない。 とっくの昔に別れるべきだったのだ。 それなのに俺はどうしても諦めきれず、痛い目を見るまで意地を張っていただけだった。 でも、これでいい。完全に終わらせよう。 雪乃とも、桐谷家とも。 「陽斗、少しは礼儀をわきまえなさいよ。おじさんとおばさんが話しかけているじゃない!」 雪乃は不満そうに俺を睨みつけた。 すると栄太は、慌てて彼女の袖を引き、小声で呟いた。 「いいんだ、雪乃。お兄さんを責めないで。今は機嫌が悪いんだ」 俺は呆れて白目を剥きそうになった。男のくせに腹黒く媚びを売るそのあざとさは、無性にぶん殴ってやりたくなる。 「お兄さん、怒らないで。僕はただ発作が起きて、自分を抑えられなかっただけなんだ」 俺は数歩前に進み出ると、テーブルのグラスを手に取り、あいつの顔面に向かって思い切り水をぶちまけた。 「はっ、発作が起きて抑えられないって自分でもわかってるなら、さっさと精神科にでも入院しろよ」 あの三人は一斉に動き出し、慌てふためいてあいつを庇い、怪我がないか確認し始めた。 「出て行け、今すぐ出て行け!」 父は怒り狂って俺に怒鳴り散らし、母は底知れぬ失望を浮かべた顔で俺を見つめた。 雪乃に至っては、顔を真っ赤にして怒り狂い、俺を指差して激しく罵倒した。 「陽斗、何事にも限度ってものがあるわ。やりすぎよ!私たちの間の問題に、どうして栄太を巻き込むのよ!」 怒りを通り越して笑いが込み上げてきた。俺を責め立てる三人からは見えない死角で、栄太は俺に向かって嘲笑と哀れみの入り混じった眼差しを向けていた。 俺はあいつを指差し、一文字ずつはっきりと告げた。 「今後、二度と俺の前に姿を現すな。もし見かけたら、その度に殴り飛ばしてやる。お前たちがそんなに栄太を大事に思っているなら、俺は身を引いてやるよ。 今日ここを出て行ったら、二度と一歩も足を踏み入れない。雪乃、俺とお前の関係も、これで完全に終わりだ」 俺は背後から突き刺さる呆然とした視線など意に介さず、一歩一歩玄関へ向かって歩き出した。 「陽斗、あなた……」 母が信じられないというように俺を引き留めようとしたが、父がそれを遮った。 「放っておけ。勝手に出て行かせろ。どうせ口先だけで強がっているだけだ。数日もすれば、自分から尻尾を巻いて戻ってくるさ」 俺は苦笑した。心の底に残っていた最後の僅かな希望の火種も、父のその冷酷な言葉によって完全に消し去られた。 俺は歩みを速め、20年以上暮らしてきたこの家から遠ざかっていった。 いや、ここはとっくの昔から、俺の家などではなかったのだ。

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