5年後から親友の後悔が届く

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5年後から親友の後悔が届く

GoodNovel 完結

私、藤代冬香(ふじしろ ふゆか)は、生後1か月にも満たない我が子を抱えたまま、夫の藤代征司(ふじしろ せいじ)と長年の親友を助けるため、祖母の形見まで急いで売ろうとしていた。 そんなとき、LINEに見覚えのないアカウントから、突然1本の動画が送られてきた。 「ごめんね、冬香。交通事故に遭ったっていうのは嘘なの。征司がどうしても家に帰ってあなたに会うのは嫌だって言ったから、あんな嘘をついたの。 私の7歳の息子は、征司との子なの。 征司が寝室にカメラを仕掛けたのも、あなたと寝るのをどれだけ嫌がってるか、私に見せるためだったの。 冬香、もうこれ以上あなたを騙したくない。もう二度と、あなたが私の目の前で死ぬところなんて見たくないの」 動画に映っていたのは、その親友――相沢佳澄(あいざわ かすみ)だった。 佳澄は、自分は5年後から来たのだと言った。 今度こそ私を救いたい。そして、30年近く続いてきた私たちの友情も、失いたくないのだと。 でも、ここまで壊れてしまった結婚も友情も、もう私にはいらない。

チャプター (1)

第1章

私、藤代冬香(ふじしろ ふゆか)は、生後1か月にも満たない我が子を抱えたまま、夫の藤代征司(ふじしろ せいじ)と長年の親友を助けるため、祖母の形見まで急いで売ろうとしていた。 そんなとき、LINEに見覚えのないアカウントから、突然1本の動画が送られてきた。 「ごめんね、冬香。交通事故に遭ったっていうのは嘘なの。征司がどうしても家に帰ってあなたに会うのは嫌だって言ったから、あんな嘘をついたの。 私の7歳の息子は、征司との子なの。 征司が寝室にカメラを仕掛けたのも、あなたと寝るのをどれだけ嫌がってるか、私に見せるためだったの。 冬香、もうこれ以上あなたを騙したくない。もう二度と、あなたが私の目の前で死ぬところなんて見たくないの」 動画に映っていたのは、その親友――相沢佳澄(あいざわ かすみ)だった。 佳澄は、自分は5年後から来たのだと言った。 今度こそ私を救いたい。そして、30年近く続いてきた私たちの友情も、失いたくないのだと。 でも、ここまで壊れてしまった結婚も友情も、もう私にはいらない。 第1話 佳澄とは幼い頃からずっと一緒で、何でも話せる一番の親友だった。 征司は私に一目惚れし、私が振り向くまで2年かけて、ずっと想いを伝えてくれた。それから8年付き合い、私たちは結婚した。 佳澄も征司も、私が心から信じていた大切な人だった。 だから、そんな2人が揃って私を裏切っていたなんて、すぐには信じられなかった。 けれど、知らないアカウントから届くメッセージは途切れなかった。 【征司の書斎にある金庫、暗証番号は私の誕生日なの。中の日記にも、私のことばかり書いてあるよ】 半信半疑のまま書斎へ行き、言われた通り金庫を開けた。 中にあった日記を手に取り、ページをめくった。 ――どこを開いても、書かれているのは佳澄の名前ばかりだった。 何度も何度も見ているうちに、しまいには「佳澄」という字までおかしく見えてきた。 信じられないままページをめくっていくと、私のことが出てきたのは、たった1度だけだった。 【冬香と出会わなければよかった。そうすれば佳澄も、俺たちの息子も、こんな思いをせずに済んだのに……】 それなのに、プロポーズの日、征司は私の前で片膝をつき、私と出会えたのが人生で一番の幸運だとまで言っていた。 あの日のプロポーズを思い出した途端、もう読んでいられなくなって、日記を閉じた。 その直後、またメッセージが届いた。 【引き出しにある登記書類、あれは征司がうちの子を通わせたい学校の学区内に買ってくれたマンションのものよ】 今度こそ嘘であってほしかった。 けれど、引き出しには本当にそのマンションの登記書類が入っていた。 都心のマンションで、頭金だけでも6000万円はくだらなかった。 しかも、そのマンションを買った頃、征司は私には子どもを育てる余裕なんてないと言って、中絶を迫っていた。 【おばあちゃんの通夜で、泣き疲れて眠っちゃった夜、覚えてる?あの夜、私、眠ってるあなたの目の前で征司と寝たの。あの子ができたのも、その夜よ】 【毒ヘビに噛まれたとき、怖くて私と征司に助けを求めたよね?】 【でも私たち、流星群を見逃したくなくて……あなたを助けに行かなかったの】 メッセージが届くたびに息が詰まった。 あまりにひどい話ばかりで、現実のこととは思えなかった。まるで悪い夢の中にいるようだった。 それでも、まだどこかで全部嘘だと信じたかった。 海外にいるはずの征司と佳澄に直接会って確かめようと、航空券を取ろうとした。 すると、またメッセージが届いた。 【航空券は取らなくていいよ。私たち、今あなたの実家にいるから】 【お母さんがあなたのところに来ないのは、うちの子を預かってくれてるから。私と征司が2人でゆっくり過ごせるようにね】 母が、征司と佳澄のことを知ってる? それどころか、2人のために佳澄の息子まで預かってるなんて。 そんなの、あり得ない。 いくら佳澄をかわいがっていたって、母は私の実の母親だ。娘の夫が浮気していると知っていながら、手を貸すなんて考えられなかった。 きっと何かの間違いだ。 そう何度も自分に言い聞かせながら、赤ん坊を抱いたままふらつく足で家を出て、タクシーを拾うと実家へ向かった。 玄関を開けた瞬間、ソファに座った征司が佳澄に顔を寄せ、キスをしているのが目に入った。 「パパとママ、チューしてる!はずかしー!」 佳澄の息子、相沢悠生(あいざわ ゆうき)は、母に抱かれながらきゃっきゃと笑っていた。 母は悠生の鼻をちょんとつつき、笑いながら言った。 「もう、悠生ったら。パパとママはね、悠生に弟を作ってあげたいのよ」 目の前の光景を見れば、もう疑う余地はなかった。 征司は本当に佳澄と不倫していて、母もそのことを知っていた。 頭の中が真っ白になり、手足に力が入らなくなった。立っているのもやっとだった。 「よくもこんな真似ができたわね!」 私はたまらずテーブルの上のケーキをつかみ、征司と佳澄めがけて投げつけた。 すると、征司と母がとっさに佳澄の前に出て、彼女をかばった。 2人はケーキまみれになったのに、佳澄だけは汚れひとつついていなかった。 次の瞬間、母が駆け寄ってきて、いきなり私の頬をひっぱたいた。 「冬香、何してるの!」 その衝撃で足元がよろけ、腕の中の赤ん坊が大声で泣き出した。 それなのに、3人が気にかけていたのは悠生のことばかりだった。 腕の中であれだけ泣いていたのに、私の子を気にかける人は誰もいなかった。 必死にあやしているうちに、私まで涙が込み上げてきた。 私はまだ、産後1か月も経っていなかった。 そんな私に、親友と夫は交通事故に遭ったと嘘をつき、祖母の形見まで売らせて金を用意させようとした。 母も、忙しいからと一度も顔を見せに来なかった。 どうしてみんな、ここまで私を傷つけられるの? 征司は、バレてむしろほっとしたようだった。それでも佳澄のことは気になるのか、心配そうに彼女を見ていた。 「もうバレたなら、俺たちもこれ以上隠しておく必要は……」 「征司、それ以上言わないで」 佳澄は慌てて駆け寄ると、私の手をつかんだ。 「ち、違うの。これは誤解なの」 私はその手を振り払った。 「じゃあ、さっき征司とキスしてたのは何?征司の子を産んだことも、征司が貯金を全部つぎ込んで、あなたのためにマンションまで買ったことも、全部誤解だって言うの?」 佳澄が父親に殴られていたときは、家から逃げ出すのを手伝った。 学費が払えないと言われたときは、自分の食費を削ってまでお金を工面して渡した。 ろくでもない男に引っかかったときだって、刃物を手にしてまでそいつに立ち向かった。 そこまでしてきた私が、佳澄に何をしたっていうの? どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないの! 佳澄はますます慌て、すがるように私を見た。 「冬香、そんな言い方しないで……お願い、怖いの」 怯えた顔をされて、余計に腹が立った。 「征司と寝てたときは平気だったんでしょ? 2人が事故に遭ったって信じて、私が祖母の形見まで売ろうとしてたときも。今さら何が怖いの?」 佳澄は泣きながら首を振った。 「こんなことになるなんて、思ってなかったの……」 「思ってなかったで済むと思ってるの?」 征司はすぐに佳澄の前に出て、私を責めるように言った。 「冬香、佳澄はお前の一番の親友だろ。そこまで言わなくてもいいだろ」 佳澄と不倫したのは征司なのに、責められていたのは私のほうだった。 どうしてこんなことをしたのか、2人に聞きたかった。 でも、喉が詰まって、声が出なかった。 「このババア!ママをいじめるな!」 そのとき、悠生がいきなり飛び出してきて、頭から思いきりぶつかってきた。 とっさに赤ん坊をかばったまま床に倒れ込み、その拍子に体をテーブルの角へ強く打ちつけた。床にはみるみる血が広がっていった。 第2話 征司は顔を真っ青にし、慌てて救急車を呼んだ。 佳澄も気が気ではない様子で、そのまま病院までついてきた。 運び込まれてすぐに処置を受け、私はどうにか峠を越えた。 「産後間もない時期に強いストレスがかかり、転倒したときの衝撃も重なって、大量出血を起こしたようです。 今回はすぐに搬送されたので大事には至りませんでしたが、しばらくは安静にしてください」 医師はそう言って、病室を出ていった。 佳澄はティッシュで額の汗を拭き、征司はおかゆをひと口ずつ、ゆっくり食べさせてくれた。 ぼんやり2人を見ていると、ふと、3人の仲が一番よかった頃に戻ったような気がした。 あの頃の征司は、私が本格的な鍋料理を食べてみたいと口にしただけで、遠く離れた街まで連れていってくれた。 私の悪口を言う人がいれば、普段は気の弱い佳澄まで顔を真っ赤にして言い返してくれた。 そんなことを思い出しているうちに、スマホがまた震えた。 【冬香、今の私たちにほだされないで】 【その後も、私と征司は何度も、もう会わないってあなたに約束したの。でも結局、隠れて会い続けた。私のせいであなたの息子が亡くなったときも、征司は私をかばった】 【そのあと、あなたは重いうつ状態になって、自ら命を絶った】 【あなたが死んだあと、私は本当に後悔した。征司も、あなたを失ってからやっと、まだ愛してたんだって気づいたの】 【でも、だからって私たちが許されていいわけじゃない】 私、そんなふうに死ぬの……? 思い返せば、征司は昔からそうだった。 私と佳澄が揉めるたび、最後には決まって佳澄をかばった。 そう思うと、あのメッセージも、もうただの嘘とは思えなかった。 込み上げる気持ちをこらえ、差し出されたおかゆを押し返して、痛む体をゆっくり起こした。 「征司、離婚しよう」 征司は返事をせず、真っ先に佳澄を見た。まるで、佳澄が何と言うか待っているみたいだった。 佳澄はみるみる顔を青ざめさせ、慌ててベッドのそばへ駆け寄ってきた。 「離婚なんてやめてよ。冬香、私、2人を別れさせるつもりなんてなかったの。私……」 佳澄が言い終わる前に、私は遮った。 「私の夫と不倫して、子どもまで産んでおいて、まだそんなこと言えるの?あなたの継母みたいに、お母さんを死なせてお父さんと一緒になるくらいしないと、自分が何をしたかわからないの?」 佳澄は目を見開いたまま私を見つめ、ぽろぽろと涙をこぼした。 征司はすぐに佳澄を抱き寄せ、私を睨みつけた。 「冬香、いくらなんでも言いすぎだろ!」 涙をこらえながら、思わず鼻で笑った。 「もう隠す気もないんだ。佳澄に優しくしてるのは私の親友だからだって、ずっと言ってたくせに」 征司は顔を背けた。 「騙すつもりなんてなかった。佳澄がお前に嫌われたくないって、黙っていてくれって頼んだんだ」 「じゃあ、隠れて不倫してたことまで、ありがとうって言えばいいの?少しは恥ずかしいと思わないの?」 傷つけられたのは私のほうなのに、征司はまるで私が悪いとでも言いたげに眉をひそめた。 「お前ってほんと、人の気持ちがわからないよな。言い方はきついし、意地っ張りだし。そんなんだから、佳澄以外には誰にも好かれないんだよ。実の母親にまで嫌われるわけだ」 その一言に体がこわばり、シーツを握る手に力が入った。 ずっとそばにいた征司だからこそ、私が一番傷つく言葉をよく知っていた。 「冬香にそんなこと言わないで!」 佳澄は征司に向かって声を上げると、慌ててベッドのそばにひざまずいた。 「冬香、お願い。私、もう征司とは会わない。連絡もしない。絶対に征司を取ったりしないから……だから、私のこと嫌いにならないで」 征司の顔が曇った。 「佳澄……」 佳澄は征司を見ようともせず、首を振った。 「もういいの、征司。私、決めたの」 これ以上、2人のやり取りを見ている気にはなれなかった。 赤ん坊が実家にいるとわかると、私はすぐに病院を出た。 けれど、実家に着いても、母は赤ん坊を渡そうとしなかった。 「この子、泣き出したらいつまでも止まらないのよ。ほんと、あんたそっくりでうっとうしい!」 赤ん坊は声がかれるほど泣いていて、見ているだけで胸が痛んだ。 それなのに母は、その小さな腕を何度もつねった。 「いつまで泣いてるの、このクソガキ!うるさくてたまらないわ!」 あまりのひどさに涙があふれた。 「そんなに嫌なら返してよ!こっちだって、お母さんに面倒見てもらおうなんて思ってない!」 赤ん坊を取り返そうと手を伸ばしたが、母は抱いたままさっと身をかわした。 「返してほしいなら、これからは佳澄ちゃんの言う通りにしなさい」 「嫌だって言ったら?」 「じゃあ、この子は返さない」 一瞬、息が止まった。 「お母さん、私が実の娘でしょ!」 第3話 母は冷たい目を向けた。 「あんたが私の娘だから、ここまでしてやってるんでしょうが。 あんたのその可愛げのなさ、ろくでもない父親と、あの性悪な婆さんにそっくりよ。征司さんじゃなかったら、誰があんたと一緒になろうなんて思うの?」 そんなことは、もう聞き飽きるほど言われてきた。 母は父と離婚するとき、財産は何も受け取らず、私の親権だけは手放さなかった。 そのくせ、祖母にそっくりな私の顔を嫌い、少しでも気に入らないことがあれば、すぐに手を上げてひどい言葉を浴びせた。 母方の祖父母も、叔父も叔母も、母は苦労してきた人だから、本当は私を愛しているんだと繰り返した。 でも、これが愛だと言われても、私にはどうしてもそうは思えなかった。 言い返したいことはいくらでもあった。 そのとき、またスマホが震えた。5年後の佳澄からだった。 【冬香、おばさんに何を言っても無駄だよ】 【この先5年、おばさんは私のことであなたに腹を立てるたび、あなたの息子にまで何度も手を上げるの】 【息子を亡くしたあと、あなたが何度も自殺を図って救急搬送されても、おばさんは全部、大げさに騒いでるだけだと思ってた】 【あなたが本当に死んでから、やっと後悔したの】 いつか一度くらい、母に愛してもらえる日が来るんじゃないか。 ずっとそう思っていた。 まさかそれが、私が死んだあとだなんて。 私が黙ったままでいると、母はしびれを切らした。 「佳澄ちゃんの言うことを聞くのか聞かないのか、はっきりしなさい!嫌だって言うなら、この子には二度と会わせないからね!」 母はそう言って、赤ん坊を高く持ち上げた。 そのとき、佳澄が血相を変えて飛び込んできた。 「おばさん、私が悪いんです。お願いですから、私のせいで冬香と喧嘩しないでください」 佳澄は悠生を引き寄せると、いきなり腹を蹴った。さらに頬を何度も平手で叩くと、そこはみるみる赤く腫れ上がった。 「小さい頃からずっと面倒を見てもらったのに、どうして突き飛ばしたの!ちゃんと謝りなさい!」 悠生が火がついたように泣き叫ぶと、征司はすぐに抱き上げ、そのまま冷たい目を私に向けた。 「冬香、悠生までこんな目に遭わせて、これで満足か?」 母は泣き叫ぶ悠生を見て、涙まで流していた。 「冬香は別に大したことなかったんでしょ?佳澄ちゃん、自分の子をそこまで叩かなくてもいいじゃない!」 佳澄は泣きながら首を振った。 「だって、冬香は私にとって一番大事な人なんです!」 そう言うと、恐る恐るこちらを見た。 「冬香……許してくれる?」 征司も母も、冷たい目で私を見ていた。 怒鳴りつけて、殴って、この怒りを全部ぶつけてやりたかった。 傷つけられたのは私のほうなのに、みんな私を責め、私にばかり我慢させようとしていた。 でも、母が高く抱き上げた赤ん坊を見た瞬間、さっきまでの怒りが一気にしぼんだ。 この子を取り戻すには、今は私が折れるしかなかった。 「……わかった」 私がそう答えると、佳澄はようやく表情を緩め、征司と母もほっとした様子を見せた。 赤ん坊を取り戻し、ぼんやりしたまま家へ戻った。 家に着いて間もなく、またスマホが震えた。 【この先、あなたも一度だけ、今みたいに折れてしまうの】 【そのあと征司は、私に会いに来るためにあなたたちの子を物置に閉じ込めたまま、2日2晩も忘れてた】 【おばさんも、あなたを私の言いなりにしようとして、あなたと征司のプライベートな写真まで持ち出して脅した】 【お願い、冬香。もうこれ以上、私たちに傷つけられないで。私はただ、あなたに生きていてほしいの】 けれど、本気で許したわけではなかった。 赤ん坊を取り戻すため、あの場ではそう答えるしかなかったのだ。 佳澄は家に戻るとすぐ台所に立ち、産後の体にいいからと、消化のいい料理や温かい汁物を次々と作ってくれた。 征司も佳澄に言われてマッサージを覚え、産後に開いた腹筋を戻すためだと言って、私の腹まわりをほぐしていた。 母は悠生を抱きしめ、頬ずりしながら何度も可愛いと声をかけていた。なのに、私を見る目だけは冷たかった。 「佳澄ちゃんは優しいし、気も利くし、家のことだってちゃんとしてる。それに比べてあんたは、意地っ張りで、口を開けば憎まれ口ばっかり…… 征司さんが佳澄ちゃんに気持ちが傾いたのだって、あんたにも悪いところがあったんじゃないの?人のことばっかり責めてないで、少しは自分のことも考えなさいよ」 前にも、職場の人の娘が夫に浮気されたと聞いたとき、母は同じことを言っていた。 そのとき私が、「じゃあ、お父さんが浮気したのも、お母さんが悪かったってこと?」と言い返すと、頬を叩かれ、口答えばかりするなと怒鳴られた。 だから今回は、何も言わず黙っていた。 すると母は、今度は黙っていることにまで文句をつけた。 「今度はだんまり?また腹の中で何考えてるんだか」 そう言うと、母は征司と佳澄のところへ行き、私にはこうしておけばいいと、あれこれ教え始めた。 「冬香は離婚するなんて騒いでるけど、本当にできると思う? 口ではああやって騒ぐけど、結局はあんたたちに宥めてもらいたいだけなのよ。あの子、すぐ人を試すようなことするから」 私は聞こえないふりをして、ただ黙々と赤ん坊にミルクを飲ませた。 いろいろありすぎたせいか、母乳はすっかり出なくなっていて、粉ミルクに頼るしかなかった。 赤ん坊が眠ると、母は最後までぶつぶつ文句を言いながら、佳澄に腕を引かれるようにして帰っていった。 帰る前に、佳澄が私に声をかけた。 「冬香、心配しないで。征司には、ちゃんと冬香を大事にするように話しておくから。 生活費もきちんと入れてもらうし、夫婦生活だって疎かにさせない。あの人、私の頼みなら断らないから」 ようやく佳澄たちが帰り、家には私と征司だけが残った。 征司は私をベッドに寝かせると、下着を脱いで膝を立てるように言い、会陰切開の傷に赤外線ランプを当てた。 さっき倒れた拍子に縫合した部分が一部開き、傷は腫れ上がって、じっとしていてもずきずきと痛んだ。 黙って傷の手当てをする征司を見ていると、今さら何をしてるんだろうと思って、笑いたくなった。 「佳澄のことが好きなのに、私の世話までしなきゃいけないなんて大変だね」 征司は顔をこわばらせた。 「お前はどうして、いちいちそういう言い方するんだ」 「それで佳澄を好きになったの?」 「最初は、お前と喧嘩するたびしんどくて、佳澄に愚痴を聞いてもらってただけだ」 「話を聞いてもらう相手なら他にもいたでしょ。なんでよりによって佳澄なの?それで、いつの間にか寝る仲になったってこと?」 私と付き合っていた8年のあいだも、征司と佳澄の関係はずっと続いていた。 何も知らなかった私は、征司が夫で、佳澄が親友でよかったと、本気で思っていた。 征司は眉間にしわを寄せた。 「もういい。お前と話してると、また喧嘩になるだけだ」 そう言って、征司はそのまま部屋を出ていこうとした。 「……こうやって言い合いをやめるのも、佳澄に言われたから?」 征司は何も答えなかった。その沈黙だけで、答えは十分だった。さっきまであれほど腹が立っていたのに、急に何も言う気がなくなった。 こんな夫と親友に出会うなんて、私はよほど運が悪かったんだろう。 2人の関係が私にバレてからは、征司も佳澄も、もう嘘をついて取り繕おうとすらしなくなった。 昼食のあと、佳澄が言いにくそうに話を切り出した。 「冬香、今日ね、みんなで家族写真を撮りに行くの。悪いんだけど、冬香も一緒に行くのはちょっと……」 佳澄は隣にいた征司の肘を軽くつついた。 征司は小さくため息をついた。 「別に変な意味じゃないからな。佳澄にもちゃんと約束したんだ。妻はお前だけだって」 2人は私の返事を待つ気もなく、もう決めたことを伝えに来ただけだった。 言いたいことだけ言うと、征司と佳澄は悠生と母を連れ、楽しそうに出かけていった。 玄関の向こうから、母の声が聞こえてきた。 「なんで冬香のご機嫌なんて取るのよ。あの子が本気で離婚なんてできるわけないじゃない。佳澄ちゃんと縁を切るなんて、それこそ無理よ。私たち以外、誰があの子の相手するのよ」 征司も母の言葉に続いた。 「そうなんですよ。冬香って、口ではああ言うけど、こっちが少しなだめれば、結局それで収まるんです」 やがて2人の話し声も遠のき、何も聞こえなくなった。 あそこまで言われて、かえって踏ん切りがついた。もう、ここに残る理由はなかった。 赤ん坊を抱いて出生届を出し、必要な手続きも済ませた。そのまま弁護士に離婚のことを任せ、私は赤ん坊と一緒に、遠く離れた街へ向かう飛行機に乗った。 夫にも親友にも裏切られ、母にはずっと傷つけられてきた。 もう3人の顔を見るのも嫌だった。何を言われても、戻るつもりはなかった。 これからは、この子と2人で生きていく。

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