この7年、彼は一度も私に一番のものをくれなかった

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この7年、彼は一度も私に一番のものをくれなかった

GoodNovel new 完結

私の名前は皆月渚(みなつき なぎさ)。 桐生要(きりゅう かなめ)の借金を返済し、彼が社長になるまで支えてきたこの7年間、私の生活用品は、ほとんどが中古品かお下がりだった。 スマホは十数年型落ちのもので済ませ、綿が抜けた古いコートは繕って着ていた。 雑巾に至っては、隣人が引っ越す際に捨てた古着から切り出したものだ。 あの時の要は、いつも私を抱きしめ、心配そうな目でこう言った。 「渚、もう少しだけ待ってくれ。 必ず盛大な結婚式を挙げてやるから」 私はそれを信じた。 だが、7年目。結婚式のリハーサル会場で。 要は私に中古ウェディングドレスを投げ渡した。 「これは江里子の家族が十年前の結婚式で着たものだ。 普段倹約に慣れているお前には、高級ドレスは似合わない。この旧式のほうがいい」 反論する間もなく、私が選んだスーツの代わりに、父はみすぼらしいジャケットを無理やり着せられていた。 「お前の父親も田舎出で、スーツのマナーなんて知らないだろう。 江里子の叔父さんが着ていたこのジャケットが、ちょうどいい」 東雲江里子(しののめ えりこ)は、要の初恋の相手だ。 先月離婚して帰国したばかりで、今は要の隣に立っている。 私は手にした、誰かが着古したドレスを見下ろし、顔を上げて父のぎこちない笑顔を見つめた。 その瞬間、ふと思った。 7年も待ったこの結婚式は、もう必要ないのだと。 「一番高いドレスを一着頼む」 私はそう言って、誰かに電話をかけた。 このドレスを着て、別の人に嫁ぐのだ。

チャプター (1)

第1章

私の名前は皆月渚(みなつき なぎさ)。 桐生要(きりゅう かなめ)の借金を返済し、彼が社長になるまで支えてきたこの7年間、私の生活用品は、ほとんどが中古品かお下がりだった。 スマホは十数年型落ちのもので済ませ、綿が抜けた古いコートは繕って着ていた。 雑巾に至っては、隣人が引っ越す際に捨てた古着から切り出したものだ。 あの時の要は、いつも私を抱きしめ、心配そうな目でこう言った。 「渚、もう少しだけ待ってくれ。 必ず盛大な結婚式を挙げてやるから」 私はそれを信じた。 だが、7年目。結婚式のリハーサル会場で。 要は私に中古ウェディングドレスを投げ渡した。 「これは江里子の家族が十年前の結婚式で着たものだ。 普段倹約に慣れているお前には、高級ドレスは似合わない。この旧式のほうがいい」 反論する間もなく、私が選んだスーツの代わりに、父はみすぼらしいジャケットを無理やり着せられていた。 「お前の父親も田舎出で、スーツのマナーなんて知らないだろう。 江里子の叔父さんが着ていたこのジャケットが、ちょうどいい」 東雲江里子(しののめ えりこ)は、要の初恋の相手だ。 先月離婚して帰国したばかりで、今は要の隣に立っている。 私は手にした、誰かが着古したドレスを見下ろし、顔を上げて父のぎこちない笑顔を見つめた。 その瞬間、ふと思った。 7年も待ったこの結婚式は、もう必要ないのだと。 「一番高いドレスを一着頼む」 私はそう言って、誰かに電話をかけた。 このドレスを着て、別の人に嫁ぐのだ。 第1話 試着室から出てくると、父がまだおずおずと説得していた。 「要さん、俺はこの服で構わないんだが、渚の結婚式は一生に一度のことなんだよ」 傍らで江里子が寂しげに俯いた。 「おじ様、私が離婚したから、私の物を蔑んでいるのですか? それなら、持ち帰りますわ」 「皆月さん、江里子も善意でやってるんですよ。そこまで酷いこと言う必要はないでしょう」 要は警告を込め、冷酷な口調で言い放った。 「彼女は繊細なんですよ。そんなこと言えば、彼女を傷つけるだけです」 父の顔色がさっと青ざめた。 私は手にしたドレスを強く握りしめ、胸の奥に鋭い痛みが走った。 繊細? じゃあ、私とお父さんは?私たちは傷ついてもいいっていうの? 「渚、どうしてまだドレスに着替えていないんだ?」 要は振り返り、私のそばに来て低い声で言った。 「あのドレスは少し古いが、生地はいいんだ。 普段からそういう『ヴィンテージ風』の服を着るのが好きだろう? お前が一番聞き分けがいいのは分かっている。いいから、早く着替えて見せてくれ」 聞き分けがいい? 私は彼の手を振り払った。 確かに聞き分けが良かった。良すぎて、この7年間自分に新しいスカートを一着も買ったことがなかった。 私の持っている服の多くは古着か、格安でかき集めてきたものばかりだった。穴あきのセーター、黄ばんだ上着を、7年間ずっと着ていた。 だが、要に罪悪感を抱かせないよう、いつもわざと冗談めかして言っていた。 「これが『ヴィンテージ風』って言うのよ。好きで着てるんだから!」 当時の要は、何度も私に誓っていた。将来、世界中のドレスを私の目の前に届け、好きに選ばせてやると。 私も長く待った。 だが、江里子が帰国してまだ一ヶ月しか経っていないのに、要は彼女に高級ドレスを十数着も送り、彼女の「新生」を祝った。 それなのに、私が待たされたのは、お下がりのボロ切れだった。 私は前に進んだ。 「着替えないわ。 お父さん、その服を脱いで。帰りましょう」 「渚!」 要の声には、すでに不機嫌が滲んでいた。 しかし私は無視して、父のジャケットを脱がせるのを手伝った。 その時、一枚の癌の診断書が、突然ポケットから落ちた。 「これ……」 私の手が激しく震えだした。 「お父さんの診断書じゃないわ!これ、どこの誰が死んだときの古着なの?!洗濯すらしてないのに、よくも平然とお父さんに着せられたものね! 今日は結婚式なのよ!?縁起でもないにも程があるわ!」 「あ、ごめんなさい。多分、叔父さんが亡くなった時に、整理するのを忘れていたんだわ……」 江里子はおどおどと言った。 「要さん、わざとじゃないよ」 「服は綺麗なんだから、そんなに酷いことを言うな」 要は江里子を庇うように前に立ちはだかった。 「時代遅れの迷信もいい加減にしろ」 私の心は、ついに少しずつ砕けていった。 父の手を引き、そのまま背を向けた。 帰り道、スマホをマナーモードにし、彼からのメッセージに一言も返さなかった。 「渚、俺と要さんのことで喧嘩しないでくれ」 父は私を見て、不安そうな表情を浮かべた。 鼻の奥の痛みを堪え、淡々と笑った。 「お父さんと関係ないわ。 私が目を覚ますべきだったの」 父と食事を済ませ、私は住まいに戻った。 それから3時間後、江里子がSNSを更新した。 【要さん、ありがとう。また私の夢を叶えてくれて】 写真の中の江里子は、私のものであるはずのドレスをまとい、恥じらいながら要に寄り添い、冷やかしの声の中で彼とキスをしていた。 友人の「いいね」が多く付いており、そこにはかつて私の名前を親しげに呼んでいた顔ぶれが並んでいた。 私も「いいね」を押した。 次の瞬間、画面の上部に要からの新しいメッセージが表示された。 【あいつのSNSはからかい半分だ。離婚したばかりの人間を相手にするな。 今日の結婚式のリハーサルは、江里子が代わりにやってくれたんだ。高級ドレスも彼女にぴったりだったから、彼女にあげてくれ。お前はやはり、あの古いほうがいい】 【要、私に一番いいものをくれるって言ったはずよ】 私は静かにそう打ち込み、送信ボタンを押した。 相手は長い間、沈黙していた。 そして、ボイスメッセージを一通送ってきた。 第2話 「社長夫人の座もお前に与えてやった。これ以上何を望むんだ? 身の程をわきまえろ、渚」 身の程、か。 その言葉を噛み締め、諦めにも似た笑みを浮かべた。 そしてついに、あの電話をかけた。 「ドレスはもう注文したわ。 誠(まこと)、前に私を待つって言った言葉、まだ有効かしら?」 相手の返事は早く、そしてとても力強かった。 私がスマホを置くと、ちょうど要も帰宅した。 「誰と電話してた?」 「同僚よ」 要はそれ以上問いたださなかった。 彼はまっすぐ浴室へ向かい、身支度を整えると、隣に座った。 「相談がある。 あの車、しばらく江里子に貸すことにした。鍵は先に貰っていく」 その口調は相談ではなく、一方的な通告だった。 私は目を閉じ、小さな声で尋ねた。 「あの車は、新婚祝いだってあなたが言ったよね?」 「後で埋め合わせする」 彼は気のない様子で言った。 「彼女は一人で子供を養っているんだ。少しは同情してやれ。 お前には今、俺がいるだろう。彼女と張り合うな」 江里子が帰国してから、要が私に最も多く口にした言葉は「可哀想」だった。 彼女が指を切った時、彼は「可哀想」だと言い、高熱でうなされる私を屋敷に一晩置き去りにして、彼女の家へ行った。 彼女の息子が傘を持っていなかった時、彼も「可哀想」だと言い、何時間も電車に揺られて来た父を駅に置き去りにして、幼稚園へ迎えに行った。 彼女たちには憐れみが必要で、理解も必要なのだ。 そして私と父は貧しい暮らしに慣れているから、もう少し続いても、何ともない。 「わかった」 私は頷いた。 「じゃあ、彼女にあげて」 私は一言も問い詰めることなく、静かに横になった。 かえって要は一瞬戸惑い、何か言いたげだったが、結局口を開くことはなかった。 互いに沈黙したまま、翌日を迎えた。 ここ数年、要は会社で私との関係をひた隠しにしており、この秘密を知る者はいなかった。 いつも時間をずらして出社していたが、今日に限って、駐車場でばったり顔を合わせてしまった。 「この車、桐生社長が婚約者に買ったんだろ?」 「うわ、メルセデスSL63じゃないか。3000万円は下らないぞ!」 「その隣の車も見てみろよ……」 3000万円の車と、私の20万円の中古車が並んでいた。 駐車場に笑い声が響き渡った。 そして初めて知った、要がとっくに最上級の車に乗り換えていたことを。 私にくれたのはボロい中古車。それなのに、江里子には最高級の新車。 私は平然とドアを開け、要と目を合わせた。 彼は江里子を降ろすのを手伝っており、私を見ると気まずそうに顔を背けた。 しばらくして、彼からメッセージが届いた。 【次からはタクシーで出社しろ。その車は会社のイメージに合わなすぎる】 私は振り返り、運転席の洗っても落ちない血の染みを見つめた。 それは3年前、大雨の中を彼に重要な書類を届けようとして、交通事故に遭った時に残ったものだ。 あの夜、病院で目を覚ますと、真っ先に契約に支障はなかったかと尋ねた。 彼は目を赤くして私を抱きしめ、もう二度とこんな苦労はさせないと約束した。 しかし今の私は、もう待ちたくない。その約束なんてもう信じない。 退職届を作成し、社長室へ向かった。 だがノックをする前に、江里子の声が聞こえてきた。 「要さん、やっぱりドレスは渚さんに返したほうがいいんじゃない?怒らせたら怖いもん」 「大丈夫だ」 要は低い声で言った。 「あいつは物の良し悪しなんて分からないから、何を使っても同じだ。 それよりもお前だ。過去から抜け出すには、新しい環境が必要だ」 「なら、しっかり隠しててね」 江里子は無邪気に瞬きをした。 「ドレスはいいとして、プロポーズの指輪が私の結婚指輪のお下がりだってバレたら……」 私は体が揺らぎ、信じられない思いで自分の薬指を見つめた。 ドアの向こうで一瞬間、静寂が訪れた。 「どうせあの指輪も、捨てるに捨てられないただの不用品だ。お前が過去に囚われて苦しむなら、俺が誰かに押し付けてでも処分してやる」 要は彼女をなだめるように、低い声で言った。 「台座もサイズも作り直したから、彼女には分からない。 あいつはいつもおとなしいから、渡せば宝物のように大事に抱えるだけだ。疑うはずがない」 宝物、か。 私が宝物だと思っていたものは、またしても他人が要らないゴミだったのだ。 苦い笑みを浮かべ、心にもう一片の感情も残らないまま、ドアをノックした。 「桐生社長、退職届を提出しに参りました。 ご承認をお願いいたします」 第3話 要は一瞬動揺した。 だが、私の言葉を聞き終えると、すぐに顔を険しくした。 「何て言った?退職?」 「渚さん!」 江里子は目を赤くして、私の前に歩み寄った。 「誤解しないでください。私はただ、子供を待っているだけなんです! 颯太がここ数日体調を崩していて、要さんが可哀想に思って、幼稚園の食事が十分じゃないし、衛生的にも不安だから、ここで昼食を食べさせているんです」 私は周りを見渡した。 幼児用の食器がきちんと机の上に並べられ、床にはおもちゃが散らばり、本棚には子供向けの漫画が積み重なっている。 以前の要は潔癖症がかなりひどく、私の手についた朱肉がうっかり書類ケースに擦れて汚れただけでも激怒していた。 しかし今は、執務机の上にさえ、子供がいたずら書きした落書きでいっぱいだ。 要は何か言おうとしていた。 だが、私の心はもう何の波も立たず、ただ静かだった。 「個人的なキャリアプランのためです」 私は顔を上げ、淡々と答えた。 「桐生社長、もし承認していただけないなら、労働審判に持ち込みます」 「皆月渚!」 要の声が急に大きくなった。 「何を馬鹿なことを言うんだ?」 「渚さん、ごめんなさい。土下座して謝りますから、要さんを困らせないでください」 江里子は目を赤くして、突然私の足元に跪いた。 しかし私に触れる前に、体を斜めにして後ろへ倒れ込んだ。 「江里子!」 要はすぐに駆け寄り、私を強く突き飛ばした。 「触るな!」 腰を机の角に強く打ち付け、痛みで涙が溢れた。 それなのに要は江里子を抱きしめ、私を見る目は、すでに失望に満ちていた。 「退職届は取り下げれば、なかったことにする」 彼は冷たく言った。 「どうしても辞めるというなら、いいだろう。 だが、お前のパソコンに入っている企画案を置いていけ。クレジットは、江里子に譲れ」 「なぜですか?」 私は思わず顔を上げた。 「江里子は帰国したばかりで、新しい会社に入るには、より完璧な経歴書が必要だ。 お前の企画は、彼女の新しい経歴を飾るのにちょうどいい。 ついでに、今日お前が彼女を驚かせたことへの、お詫びだと思え」 あまりの理不尽さに、私は笑うしかなかった。 それは一年もの時間をかけ、徹夜で血を吐く思いで作り上げた庭園デザインの企画だった。 要が今日この席にいられるのは、その企画で多国籍企業との仮契約を勝ち取ったからだ。 しかし今、彼は私の企画案を江里子に与え、彼女の踏み台にしろと言うのだ。 「わかりました」 私は立ち上がり、手から指輪を外すと、退職届の上に置いた。 「辞めます」 要はその指輪を見て、明らかに動揺した。 だが彼が一歩踏み出すと、傍らの江里子がまた顔を青ざめさせて倒れた。 彼は追いかけてこなかった。 私も荷物をまとめ、潔くその場を後にした。 これ以上揉めることもなく、家に帰り、来週の航空券を予約した。 要は私を怒らせるためか、江里子と一緒にSNSのトレンドに現れた。 【どこの大富豪が彼女の誕生日に、ヘリコプターで9999本のバラを空輸したんだろう。ロマンチックすぎる!】 飾り付けられたクルーザーで、バラの海を載せていた。 花火は一晩中打ち上げられ、要は夜が明けてから、一束のバラを持って帰宅した。 江里子に送ったバラの中から、適当に数本抜き取って束ねただけのバラだった。 「さあ、機嫌を直して、退職届を撤回しろ」 彼は花を私に差し出した。 まるでこれが彼の妥協案であり、「埋め合わせ」であるかのように。 だが私はちらりと見ただけで、ゴミ箱に投げ入れた。 「結構よ。もう別れたから」 要は一瞬驚き、再び眉をひそめた。 「お前、一体いつまで駄々をこねるつもりだ?」 私は無表情のまま、淡々と言った。 「別に。ただ会社を辞めて、あなたと別れるだけよ」 「俺から離れて、何ができるんだ?」 彼はドアを乱暴に閉め、家を出て行った。 私も荷物を手に、静かに迎えの車に乗り込んだ。 ここはもう私の家ではない。 私はただ、出国までの日々を穏やかに過ごしたかっただけなのに、出国前日、一緒に海外へ行くはずだった父が、火事で危うく命を落としかけたのだ。 第4話 電話を受けると、私は慌てて病院へ向かった。 しかし待っていたのは、父はまだ手術中で、危険な状態が続いているという知らせだけだった。 「そんな……」 足の力が抜け、その場に崩れ落ちるように跪き、声を詰まらせた。 「お父さんは最近、心臓手術を受けたばかりなのに……」 考えるだけで胸が潰れる。彼はどれほどの苦しみを味わってきたでしょ…… 「お父さんが住んでいたあのアパート、一棟丸ごと彼一人しか住んでいなかったし、かなり古くて、ずっと火災のリスクがあると言われていたらしいよ! 少しは親孝行しなさいよ。どうしてあんなボロアパートに父を住まわせるのよ!」 私は一瞬戸惑い、隣にいる見知らぬ女性を見た。 「父は清和ガーデンレジデンスという市内のマンションに住んでいるはずでは?ボロアパートなんて何のこと?」 あれは父が私の働く街に来たばかりの頃、私が買い与えた老後のための家だ! 「何を言ってるの。お父さんは、先月私の隣の棟に引っ越してきたばかりよ」 私は全身を震わせながら、不動産屋に電話をかけた。 10分後、不動産名義変更書類がスマホに送られてきた。 新しい所有者は、なんと要になっていた。 そして現在の居住者は、中年の夫婦。男の姓は、東雲だった。 その時、要から電話がかかってきた。 「あ、あれか。あの家を、江里子の両親にしばらく貸してやることにした」 電話越しに、彼は平然と言った。 「二人とも孫の世話が必要だし、活用すべきだ。 お前の父親は一人暮らしなんだ。そんな広い家は無駄だろう」 「桐生要、あれは私が買った家よ!」 「お前の金は、俺の金だ。何の違いがある?」 要は少し苛立たしげに眉間を揉みながら言った。 「それに、彼を追い出したわけじゃない。江里子に新しい住まいを探すのを手伝わせたんだ。彼女は気が利くから、もうとっくに手配しているはずだ——」 「気が利く?」 呆れ果てて、笑い声を漏らした。 「知らないの?彼女が探した家が、誰も住みたがらないような場所だってことを! 配線は老朽化し、窓は塞がれ、彼は部屋で焼け死にかけたのよ!」 要は息を呑んだ。 彼は一瞬体が強ばり、外へ数歩歩き出したところで、江里子に呼び止められた。 「要さん、私はやってない」 江里子は彼の服の裾を引っ張って首を振り、小声で言った。 「渚さんがあなたに怒っているのは分かっているけど、いくら何でも自分の父親を冗談にするなんてありえないわ」 彼女はスマホの写真を一枚探し出した。 「今朝、病院でおじ様が心臓手術の再検査と、入院検査の予約をしていたのをはっきり見たの」 足音が、一瞬にして止まった。 「渚、江里子を陥れるために、よくもまあそこまでやるな。 彼女がそんなことをするわけがない」 要はそのまま電話を切った。 父の危篤通知書は信じず、江里子の写真は一目見ただけで、深く信じ込んだ。 私は無駄だと知りながらスマホを置いたが、耳元にまた青天の霹靂のような知らせが届いた。 「皆月さん、あなたの銀行口座は現在、支払いができません……」 「何ですって!」 急いでスマホを開いたが、そこには口座凍結のお知らせがずらりと並んでいるだけだった。 そして要からのメッセージ。 【小さな罰だ。 江里子を陥れるのをやめると誓え。明日、父親の見舞いに行ってやる。 結婚式も、挙げていい】 涙を流しながら、私は手術室の扉を見つめた。 この瞬間、要に完全に愛想を尽かした。 桐生要、あなたとの縁は、ここで断ち切るわ。 …… 要は丸一日、渚からの返信を受け取らなかった。 彼女がまだ意地を張っているのだと思っていたが、なぜか、胸の奥に得体の知れない不安が湧き上がってきた。 「まさか、本当に何かあったのか?」 渚の悲痛な声を思い出し、迷った末に、お見舞いの品を買って病院へ向かった。 しかし、渚の父・皆月義男(みなつき よしお)は見つからなかった。 「あの皆月という患者さんですか?昨日、蘇生処置の途中で、ドクターヘリで搬送されましたよ!」 一人の看護師が語ってくれた。 「良かったですね、あの患者さんには良い娘さんがいて、しかも良いお婿さんも見つけて、そのまま彼を海外へ連れてくれたんですよ!」 「何だと!」 要の顔から血の気が引いた。 次の瞬間、彼のスマホも狂ったように震え出した。 【要さん、渚さんがSNSに婚姻届の写真を上げてる!まだ入籍してないよね?】

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